適当な自分的音楽史(ちょっと振り返ってみるか。その4)

4)鎖国時代へ:日本の中で満足

個人的には、就職ー結婚ー子供が生まれた。

音楽は、2の次、3の次だった。

それでも音楽は好きだった。

日本のロックもいいものが増えてきた。
英語が分からない身には、日本語の
メリットは大きかった。
音自体は、万国共通であるが、
歌詞が聞いてわかるのは大きかった。

Barbee Boysを聴いていた。
何故か、懸賞に当たり、
人生初横浜アリーナ(だったと思うんだ。新横浜だし)
でのライブを体験した。

めんどくさがりの自分が、コツコツと
応募券を集めて、なおかつ応募することが
行きたかった証拠だった。

それまで、聞いている音楽は、
自分より上の年代の人だった。
が、
この頃から同世代や、
自分の下の世代の音楽も聞くようになった。

当時の、尾崎豊と、
渡辺美里は外せない。

二人とも、
何枚もCD持っている。
そう、自分的に、
洋楽から日本語に戻ってきた時期に、
レコード板からCDに変わっていた。

尾崎も、渡辺も初めて聞いたときは、
衝撃だった。

多分、この二人を聴いたときに、
日本語のロックも
捨てたもんじゃないと思ったんだと思う。

TVの歌番組には、聞きやすいロック調の
歌手がいっぱい出ていた。

写真は、Barber boys。
80年代。の匂いがするね。