適当な自分的音楽史(ちょっと振り返ってみるか。その8)

7)現在:そして幸せなことにももクロに出会う

仕事は相変わらず忙しかった。
が、子供に関しては、手がかからなくなっていた。
相手にされなくなったとは、言いたくない。

世は、アイドル時代となっていた。
不況になるとアイドルがはやると、
世間では言っていた。

ももクロは、
何がきっかけだったんだろう?

明確に覚えているのは、
2012年入ってすぐに、TVの中で、
多分2011ももクリに集まったファンを映して、
”今、ももクロが人々を熱くしています”的なことを
紹介していたこと。
そして、SSAを満員にしましたと。

それを聞いた俺は、
どうせ少ない観客モードで、
満員というのをアピールしたいだけでしょ。
と。簡単に言えば、否定的な感情満々。

それが、いつからかな?

3月に猛烈をシングルリリースしたことは、全くもって
知らなかったレベル。

でも何かが引っ掛かったんだろうね。
個人的には、その頃ネットカフェ デビューしたんだ。

子供に手がかからなくなったのと同時に、
だんだん家にいる場所がないことに気がついて。

時間つぶしに、ネットカフェ。

そこで、動画を見ることになって。

何かの拍子に、中野での贈る歌と、
白い風(青からの卒業)を見たんだ。
多分、泣ける動画の紹介で。
(写真は、ナタリーの2011年記事。Zなし最後のステージ)

(そして同じくナタリーの同じ記事から。Z付)


泣いた。
素直に泣いた。
何故泣くのかわからないけど泣いた。
久しぶりに、号泣した。
その時は、歳のせいで涙もろくなったと
しか思ってなかった。

でも、興味を持ったことは事実で。

ネットでの情報、動画を見て。
落っこちた。

でも、アイドルにはまっという現実は、
自分では受け付けることができなかった。

2012春の一大事内で起こったことを
知って。
これはもう、応援するしかないなと。

で、彼女たちの夢である『紅白』は、
絶対達成できるから、
その時一緒になって喜びたいと思った。

でも、アイドルにハマったことや、ももクロについて
周りに話すことができなかったこともあって、
この日記を始めた。
”間に合った”と思った。
今、はまった宣言をしておけば、
紅白の瞬間、一緒に泣けると。

アイドルにハマるぐらい、自分の心がまだ若くて、
柔軟なこともうれしかった。

そして今に至る。

何故、ももクロなのか?
何故、彼女たちなのか?

AKBや、Perfumeに関心を持ったこともあったのに。

何故、ももクロ以外は、瞬間の関心でしかなく、
長く続かなかったのか?

何故、ももクロは、1年以上続いて。
ハマったのか?

やっぱり、最後は人間性かな。
ももクロ』には、ハマっても恥ずかしくないことだと、
思ったんだ。多分。

そんな今、幸せだよ。