個人的日記:ももクロと娘に感謝

7日×7週=49日

49日の計算式を初めて知った。

奥さんの、49日法要が終わった。
心にぽっかりと穴が空いたままだけど。
あんまり、めそめそしてると、
奥さんが無事に成仏できないって言うし。

亡くなったあとの奥さんは、
幸せにしたいし。

2月19日。
その日は、ももクロの玄冬だった。

その日は、前から午後に、
二つも会議が入っていて、
最初からライブ参戦は諦めていた。

でも、その日になって会議が、
二つとも中止や、延期になった。
「これは、玄冬に行けと言う、神様のお告げ?」
「LVで当日券はあるのかな??」
と、勝手に浮かれていた時だった。
初めて娘から会社にいる自分に、電話が入ったのは。
「ママが倒れて、救急車を呼んだ」

そう、会議を二つともなくしたのは、
奥さんが、一刻も早く僕を帰すためだった。

慌てて、病院に向かい、
着いて先ずは、先生から状況の説明があった。
聞いて相当状況が悪いのは、
解った。
僕は覚悟を決めた。
「ざっくばらんに言って、どのくらい悪いのですか」
既に亡くなっているとは、
つゆとも思わなかった。

奥さんの病室に行き。
ピクリとも動かない心電図を
見せられた。
病院についてから、ずっと動いていないと。

僕がうなずいた時間が死亡時刻になった。
17:00ちょうど。

心臓は、救急車が家に到着した時から、
動いていなかったそうだ。

でも奥さんは、死亡するまで、
僕を待っていてくれた。
早く会いたいがために、
会議を二つも無くしてくれたんだと思った。

奥さんは、その前の週末にインフルエンザにかかっていたが、
薬を飲んで、熱も下がっていた。
解熱から数日は会社に出勤できないので、
自宅療養中だった。
たしかに、咳はひどかったが、
その日の朝も、
「行ってらっしゃい」
「行ってくる。早く良くなってね。」
と、普通の朝の会話をした。

なのに。
何故、今、ピクリとも動かないんだ。
訳が分からなかった。

それから、当分何も考えられなかった。
いや嘘だ。
考えなくちゃあいけないことは、いっぱいあった。


お互いの両親に一刻も早く連絡しなくっちゃ。
そうだ、葬式はどうする。
その前に葬儀屋の手配だ。

奥さんの会社に連絡しなくっちゃ。
近所の人にも。

僕は、そんな世間的なことは奥さんに全て相談していた。
いや、一切任せていたという方が正しい。

こんな時、一切こまごまとしたことを任せたい奥さんは、
もうこの世にはいなかった。

何をどうしたか。
時には、やけに冷静になりながら、
時には、涙が止まらなくなりながら、
とにかく、葬式を終えて、一息をついた。

笑う気持なんか忘れていたし、
心の重さをずっしりと感じていた。

さすがにこれじゃあいけないと思い、
観たのがウレロと、録画してあったChanだ。
久しぶりに笑った。
久しぶりに心が軽くなった。

けど、心が軽く感じるのは、
映像が流れたときだけで、
直ぐに現実はやってきた。
家の中の人数が、一人減っただけで、
こんなに寂しく感じるんだ。

会社に行き始めると、
さすがに仕事中は
現実を忘れられる。
でも、家に帰れば、現実がやってくる。

3月16日。
ももクロ 国立 2日目。

はっきり言って、悩んだ。
ももクロにとっては、ハレの舞台だ。

僕は、にわか仏教徒に近いけど、
それでもこの期間にハレの場所に行くべきでは無いと。
それぐらい頭で理解できる。

でも、その時の僕には行くしかなかった。

僕は昔、後追い自殺の記事を観たとき
「バカだな。生きていれば楽しいこともあるのに」
と思ったことがある。
でも、後追い自殺をする人の気持ちがわかった。
生きていても、楽しいことが起こると思えないんだもん。
楽しいことが起こらないんだったら、
生きていてもしょうがない。
だったら、死んでも同じだ。
と。

でも僕が死んだら、新たな悲しみが生まれるだけだ。
それに、奥さんが亡くなった直後、
「娘は、最後まで俺が面倒を見るから、心配するな」
と奥さんに誓ったんだ。

誓ったからにいは、守らないと。

それには生きるための力を
もらうことが必要だった。

前を向いて、前進する力を。

重くなった心を、持ち上げてくれる力を。

そして奥さんに聞いたら、
”行ってきたら”って言ってくれたし。

奥さんと出会って、そして結婚した当初は、いっぱい会話をした。
でも最近は、必要最低限の会話しかなかった。

亡くなってからの方が奥さんといっぱい会話した。
亡くなったことで、いつでも心の中の奥さんと会話できた。

僕は、奥さんを幸せにできていない。
心に中の奥さんに謝ってばかりいる。

そんな状態。
何もしなければ、心が重くなるばかり。
前を向くなんて、自分じゃあできない。

僕は、
ももクロの存在を知っていて本当に良かった。

前を向く力をくれるのに、
ももクロは最適だ。

16日に参戦した。
彼女たちの、前向きなパワーと、
彼女たちを支える、会場全体のファンの力。
それが、僕の力になってくれた。

そして、その後は、
相変わらずウレロと、
Chan。

笑うことはいいことだ。
本当に心が軽くなる。
人生が楽しくなる。

そして今日、
49日法要が終わった。

ほっとした。一区切りついた。

ももクロがいてくれてよかった。
ももクロを知っていてよかった。

そして何より、
娘がいてくれてよかった。
娘がいてくれなかったら、
そのまま心が沈んだ状態か、
あるいは折れてしまっていた。

娘は、相談に乗ってくれる。
知らない間に、しっかり育っていた。
誰かに相談できるのはいいことだ。

多分娘がいなかったら。
気持ちが、ももクロまでたどり着けなかった。

ももクロ
娘に
感謝する。