ありがとうです。藤井編集長

コピペ全てするのはいつもはしないけど。
これは、取っておきたい。

歳だから涙もろくなった僕だけど。
これは、涙するのは仕方ない。

昼休み、
会社の食堂で読んで、
やばかった。
じわじわ来た。

QJはずっとももクロ記事があった。
僕は、BackNumberを置いてある本屋を探してまで、
過去のQJを買った。

僕のももクロの知識の半分以上は、
QJを読んだ結果だ。
そして、ももクロを深く知ることができたのも
QJのおかげで。
ももクロを深く知ったから、
深くハマったんだ。

だから感謝している。

QJのHPに掲載された
藤井編集長の言葉。

長い前置き
──読者の皆さんへ。そして、ももクロへ。

特集の冒頭から私事を書かせてもらうことを、どうかご容赦願いたい。

僕がQuick Japanを作るのは、これがラストとなった。
2007年の夏から編集長として指揮を執ってきたが、それも今年限りで終わる。
いつ沈むかも知れない泥船のような状態でスタートして、無我夢中で漕ぎ進めているうちに、8年半という歳月が流れた。
それが長かったのか短かったのか、今はまだよくわからない。
ひとつだけ言えるのは、28歳から37歳という、気力も体力も十分にある時期を、好きな雑誌のために捧げられたことは、きっと幸せな経験だった。
ここ数ヵ月、いろんな人から「最後の号では誰を特集するのか?」と質問された。
答えは僕の中ではずっと前から決まっていた。
最後はももクロ以外あり得ない、と。

今から数年前、「もう編集長を降りたほうがいいのかもしれない」と悩んだことがあった。
正直言って、当時は何を見ても何を聴いても心動かされることなんてほとんどなかった。
僕にとってQuick Japanとは、次の時代を切り拓き、その「ど真ん中」を歩む人を見つけ出すもの。でも時代の中心とされるものは空洞にしか見えず、いったい何のために雑誌を作るのか目的を見失いかけていた。
ももクロと出会ったのは、ちょうどそんな頃だ。
当時はまだ6人組で、もうすぐ1人抜けてしまうというタイミングだった。
初めて目にしたライブ。心が動いて仕方なかった。
ここが次の時代の中心なのかもしれない、と思った。
僕は自分のその直感を信じ切ることに決めた。
あの日以降、大げさでもなんでもなく、ももクロという存在自体が、僕が雑誌を作り続ける理由である。

ももクロと共に時間を過ごすなかで、スタッフの方々、とくに川上アキラからは実に多くのことを学んだ。この8年半の間、たくさんの素晴らしい人たちと仕事をしてきたが、彼のことは心から尊敬しているし、人として信頼している。
ももクロが歩む方向には、舗装された道など無い。
すでに存在するものには「存在するに至った理由」があるように、いまだ世の中に無いものにも「無いなりの理由」がある。道無き道を新たに切り拓くのは、だから簡単なことではない(とくに芸能の世界においては)。
それでも前へ進むためには、誰よりも熱い想いと、誰よりも冷静な心が必要となる。
川上アキラはその両方を大事に抱え、時代の先頭を突っ走り続けている。
このチームと同じ時間を共有できたことを誇りに思う。

ももクロを特集するにあたって、いつも心がけてきたことがある。
Quick Japanは、5人の活動に密着し、出来事やその意味を一緒に振り返るだけでなく、少し先の未来を照らすものでありたい、ということ。
今回、僕が作る最後の特集もまた、いわば「予告編」である。
来年2月にスタートする五大ドームツアーに先駆けて、みんなで各地を見て回り、そして、5人それぞれにロングインタビューを行った。
特集タイトルとして付けた英文については、読者の皆さんに解釈を委ねたい。

前置きはこれくらいにして、ももクロという「終わりなき物語」の続きを始めよう。


Quick Japan編集長 藤井直樹


写真は、QJのHPから。

やっぱり、
最後の感謝は、
ちゃんとQJ買って、
全力特集記事読んで、
感想とともに。
そうしよう。